名古屋高等裁判所 昭和59年(う)155号 判決 1985年11月28日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人赤塚宋一、同中村亀雄共同作成名義の控訴趣意書(なお当審第一回公判調書中の弁護人の釈明参照)に、これに対する答弁は、検察官鈴木芳一名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
一 控訴趣意第一点(原判決書の理由不備または理由のくいちがいの論旨)について
所論は要するに、原判決がその(証拠の標目)の項中に挙示する望田美智子ら二九名の検察官に対する供述調書謄本(原判決書二枚目裏六行目から同三枚目表五行目までに挙示された分、但しそのうち倉田蕊、鈴木冨己夫及び山口玲子の分は除く。)は、司法警察職員が右の者らに対し身体の拘禁を告知する等恫喝、抑圧して、原判示事実に沿う虚偽の供述をなさしめてこれを録取し、同人等の司法警察職員に対する供述調書を作成したのに端を発し取調担当検察官も同じく右の者らに対し刑を減軽するような趣旨を申し向けるなど数々の不当な圧力を加えてこれらの者を誘導し、右司法警察職員に対する供述調書の内容をひきうつす形で作成したものであつて、右各供述録取書面を右供述者らの原審公判廷における供述よりも信用すべき情況的保障、すなわち、信用すべき外部的事情は全く認められず、従つて右各供述調書(謄本)には証拠能力がないのに、これらを原判示事実認定の証拠とした原判決には理由の不備または理由のくいちがいがある、というのである。
所論にかんがみ、原判決書の記載を検討するに、原判決書には有罪判決に示すべき理由はすべて記載されているし、その主文と理由間には勿論、理由中の記載相互間にも特段に矛盾、撞着する点はなく、原判決書の記載それ自体からみてなんら原判決に理由不備、理由のくいちがいを構成する具体的事由を発見することはできず、所論はむしろ証拠能力のない証拠を犯罪事実認定の証拠としたという訴訟手続の法令違反の主張をするものに過ぎないと解されるところ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件全証拠を仔細に検討しても所論望田美智子ら二九名の供述者の取調を担当した検察官においては勿論のこと司法警察職員らにおいても殊更に違法、不当な恫喝的、抑圧的取調をして右供述者らに虚偽の事実を供述せしめたことを窺わせるに足る事情は到底認め難いのみならず、所論検察官に対する供述調書(謄本)は、右供述者らが、被告人に対する本件刑事訴追手続の当初において、原判示事実に関連する客観的経緯、事情の意味について、それぞれ独自の解釈を施したり、または独自の憶測をしたりする余地の少ない原判決書罪となるべき事実記載の日時に比較的接近した日時に取り調べられ、その結果作成されたものであつて、その供述記載内容も該供述者らが原判示中村荘で飲食した経緯事情及びその後の情況経過について具体的詳細に述べており、その供述された経緯は事案の経過に徴して自然かつ合理的であり、しかもその各供述記載はその内容において殆んど相互に合致している。一方これら供述者らの原審公判廷における各供述は、原判示日時に生起した事実に対し、それぞれ独自の立場からの解釈を施したり、憶測に基づく歪曲をしたりする余地の多い相当の期間を経過した後になされたものであり、その内容は右各供述者相互間においてほぼ一致しているとはいえ、その内容を仔細に検討してみるとそれぞれにかなりあいまいで各自が経験した客観的事実を正確に供述するというよりも、独自の解釈、憶測に基づく、主観的所見を表明しているものと解される部分の多いことが窺知され、また前示飲食の情況経緯あるいはその後の情況等に関して事案の通常の経緯推移に照して不自然不合理な部分のあることが顕著であつて結局所論の検察官に対する各供述調書(謄本)には刑事訴訟法三二一条一項二号所定の「前の供述を信用すべき特別の情況」があるといわざるを得ない。従つてこれらを原判示事実認定の証拠とした原判決には所論のような理由不備あるいは理由のくいちがいの違法は勿論、前示の訴訟手続の法令違反も認められない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反の諭旨)について
所論は要するに、本件起訴状公訴事実中には受饗応者として「竹内弘ほか二五名」と記載されているのみで右「竹内弘」以外の受饗応者が何者であるのか、また原判示日時に原判示中村荘に参集した者のうちの一部が本件で受饗応者とされなかつた理由も全く明らかでなく、被告人、弁護人としても防禦の方法がないのであるから、本件公訴事業についてはその訴因とされる事実の内容が不特定であつて、本件については訴訟条件が具備されておらず、公訴の提起はそれ自体無効であるのに、原判示事実を認定して受饗応者を特定し被告人に対し有罪判決を言い渡した原審の訴訟手続は法令に違反したもので、右訴訟手続の法令違反が、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原判示事実に相応する本件起訴状公訴事実に記載された、同一の日時、場所において一度にした本件被告人の所為のような行為はその受饗応者の員数が多数であつても、包括して一個の饗応罪を構成する、いわゆる包括一罪にあたる所為と解せられるから、多数人の受饗応者名を逐一記載しなくとも訴因の特定に欠けるところはないし、原判示中村荘に参集して飲食した三四名のうち誰が起訴状公訴事実中の被饗応者とされたのかは検察官が原審第一回公判期日において具体的にその氏名を特定して明らかにしたことが記録上明らかであるから起訴状自体中に右氏名が明記されていなかつたからとて被告人、弁護人の防禦権の行使が困難にさせられたなどとは到底認められず、また右三四名の参集者中被饗応者とされた者と除外者とを区別した理由を逐一明示する必要は認められないから原審の訴訟手続には所論のような法令違反は認められない。論旨は理由がない。
三 控訴趣意第三点(事実誤認の論旨)について
所論は要するに、原判示中村荘において開催されたのは山口忠生の後援会総会であつて一般的宴会などではなく、参会者は被告人を支持当選させることを決意している後援会員で、飲食費は参集者各自の会費制として後日払いする心算の者ばかりであつたから、これらの者を投票依頼のため饗応する必要は全くなかつたし、被告人自身饗応費を捻出する資金もなく、結局原判示中村荘でした飲食は後日払いの会費制でしたもので、被告人はその席に賓客として出席したに過ぎず、原判示に沿う証拠はその内容が虚偽で証拠能力もないのに、内容も真実で証拠能力もあると誤認したうえ原判示事実を認定して被告人の所為を公職選挙法違反罪に問擬した原判決は事実を誤認したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、所論にもかかわらず、原判示事実は優にこれを認定することができる。
すなわち、右各証拠を併わせれば被告人は、原判示日時に、原判示中村荘で、原判示竹内弘ほか二五名の有権者を含む参集者らに原判示市議会議員選挙に立候補するのでよろしく頼むとの投票を依頼する趣旨のあいさつをして、当選を得る目的で原判示饗応をし、右竹内弘ら計二六名も当然右趣旨を理解しつつ、なおそのうち一部の者は法に違反することに相当の不安と抵抗感を抱きつつ、右饗応を受けたもので、その際会費を事前に徴収しなかつたのは勿論のこと後日費用の徴収をすることを参集者らに告げてその了承を求めたり出席者名の確認をする等の後日の会費徴収のための段取など全くせず、飲食代金が確定した後も、当然のことながら各自の分担分を通知してその徴収をすることはせず、右飲食代金は被告人が所属する三重県建設労働組合津支部が被告人のために計上した政治活動費中から被告人が流用支払をしたものであり、右事情によれば原判示事実は明らかである。これに反し所論に沿い右中村荘の集会は会費制で行われた旨の被告人の原審及び当審における供述、その検察官に対する供述調書の記載、鈴木冨己夫の検察官に対する供述調書(謄本)の記載、原審で尋問を受けた原判決の挙示する各証人の供述部分は、本理由中一の項で一部説示したほか、余りにも漠然として不合理であり、結局被告人の原判示所為が官に発覚した後、事態を糊塗するために構えた弁疏に過ぎないと解さざるを得ない。また右中村荘での集会が山口忠生後援会の総会として開催されたとか、原判示受饗応者らは既に被告人に投票することを決意していた者ばかりであつたとか、被告人がさしたる資力を有していなかつたとかの所論諸事情はこれをもつて原判示事実認定を覆えすに足りず、さらに原判示事実に沿う証拠がいずれもその内容が虚偽で証拠能力もないなどと解せられないことは本理由中一の項で説示したとおりであるから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
四 控訴趣意第四点(判断の脱漏等の論旨)について
所論は要するに、原判決が、(一)原判示中村荘での会合が山口忠生後援会であつて参集者はいずれも被告人を支持当選させようと決意している者ばかりであり、被告人には自分で中村荘での飲食代金を支払う資力はないこと等控訴趣意第三点で主張した諸事情を認定せず、これに対する判断をしなかつたこと、(二)弁護人が原審で主張した本件公訴は差別的であること等を理由として棄却すべきであるとの主張及び可罰的違法性の欠如の主張に対し判断を示さなかつたことが違法な判断の遺脱である、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、第一審裁判所が有罪の判決を言い渡すに際し所論のような事項についてまで判断を示さなければならないとする成法上の根拠はないのみならず、また本件記録を調べ当審の事実取調べの結果を参酌しても本件公訴の提起が差別的であり、ひいては可罰的違法性がなく公訴棄却すべきような事案にあたるというような事情は全く認められない。従つて、原判決には所論のような違法は認められない。論旨は理由がない。
よつて、本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとし、なお、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項本文を適用し、これを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。